PR

ニュース プレミアム

【昭和天皇の87年】皇族を一斉呼集 天皇の決意はいささかも揺るがなかった

画=筑紫直弘
Messenger

バーンズ回答の衝撃(2)

 「全軍将兵に告ぐ、『ソ』連遂に皇国に寇す、明文如何に粉飾すと雖(いえど)も大東亜を侵略制覇せんとする野望歴然たり、事茲(ここ)に至る、又何をか言はん、断乎(だんこ)神州護持の聖戦を戦ひ抜かんのみ」

 昭和20年8月10日の夕刻、新聞各社に配布された「陸軍大臣布告」だ。国体護持を唯一の条件としてポツダム宣言受諾を決めた昭和天皇の聖断に、背をそむけるような内容である。

 これに誰より驚いたのは当の陸相、阿南惟幾(これちか)だっただろう。布告は抗戦派の一部将校が独断で作成し、阿南には知らされていなかったからだ。

 いよいよ暴走する兆しを見せ始めた陸軍の抗戦派-。「少しく政情に通じた人々は、ここにいたつて、政府と陸軍との最後的対立を来したものと見て、頗(すこぶ)るこれを憂慮した」と、外務省編集の『終戦史録』が書く。

 そんな抗戦派の主張に、半ばお墨付きを与えたのが、「天皇は連合軍最高司令官にsubject toする」とした連合国のバーンズ回答だった。「国体護持の条件は拒絶された」「ポツダム宣言受諾を撤回すべし」と、陸軍将校らの鼻息は荒ぶるばかりだ。

 しかしこの時、抗戦派を抑えようと、昭和天皇が自ら動いた。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ