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【外交安保取材】慌ただしい遺族らの硫黄島巡拝 誰のための慰霊式か…長過ぎた政治家の追悼の言葉

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 合同式典の後は、日本側参加者のみの慰霊式も場所を移して行われ、ここでも新藤、小野寺、加藤の3氏が式辞を述べた。要した時間はそれぞれ7分、2分、2分で、あいさつ全体では約20分かかった。

 両式典と昼食を終え、午後2時ごろには島内巡拝を開始させる予定だったが、遺族らを乗せたマイクロバスが出発したのは2時半ごろと30分遅れで、帰りの飛行機の時間をずらせないことから、巡拝時間を短縮する他なかった。

 行きの飛行機の到着が20分遅れたことも一因ではあるが、午前11時開始予定だった日米合同慰霊式は11時6分に始まっており、最大の原因ではない。政府関係者は「(政治家に)あいさつは短めにお願いしますと頼んでいるんだが…」とこぼす。

 巡拝では、同行記者団は4班にわかれた遺族らのうち、3号車に随行した。3号車は海軍の病院壕とされていた「医務科壕」や硫黄島最大の大砲が置かれていた「大阪山15センチ砲台跡」など7カ所を巡った。

 医務科壕には、やかんや木箱、瓶などが無造作に置かれ、奥に進むにつれて壕内の温度は上がっていった。奥まったところはサウナに入ったような暑さで、新藤氏が式辞で述べていた「日本の兵士たちは50度を超えるような地下壕に耐え、食べるものも飲む水もないまま戦い抜いた」過酷さを想像した。

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