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【昭和天皇の87年】関東軍総司令部の非情な決断 皇帝溥儀は愕然とした

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 当時、満洲の在留邦人はおよそ155万人。その命運は、もはや風前のともしびと言っていいだろう。そんな中、東京の政府と軍部はいったい何をしていたのか。

 実は、ポツダム宣言受諾の聖断が下された後、すべてを振り出しに戻しかねない深刻な事態が起きていた-。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

【参考・引用文献】

○防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 関東軍(二)関特演・終戦時の対ソ戦』(朝雲新聞社)

○復員局『対蘇作戦記録』2巻および同巻所収の「第一二六師団の作戦」

○復員局『日ソ開戦時第一二六師団の戦闘』および同記録所収の「ソ連将校の言」

○愛新覚羅溥儀『わが半生 満州国皇帝の自伝』下巻(大安)

愛新覚羅溥儀 清朝最後の皇帝。1906年に北京で生まれ、2歳で清国第12代皇帝(宣統帝)に即位した。しかし辛亥革命により12年に退位。24年には紫禁城からも追われた。以後、天津の日本租界で暮らしていたが、日本軍の要請を受けて32年に満洲国執政となり、34年に満洲国皇帝に即位した。日本の敗戦後はソ連軍の捕虜となり、中国の戦犯管理所に収監。59年に釈放後、北京植物園の庭師などを務めた。67年に死去、波乱に満ちた61年の生涯を終えた。

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