産経ニュース

【昭和天皇の87年】関東軍総司令部の非情な決断 皇帝溥儀は愕然とした

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【昭和天皇の87年】
関東軍総司令部の非情な決断 皇帝溥儀は愕然とした

画=筑紫直弘 画=筑紫直弘

 この時、輸送などを主任務とする輜重(しちょう)兵が戦車に突撃した。

 「我輜重隊の肉攻班長以下五名は十五キロ爆弾を抱き、各人先頭に前進せし五両の戦車を攻撃す。突入と同時見事爆発し同時五両の戦車を完全に破壊せり。この情況を目撃せし後続戦車は急遽(きゅうきょ)退却し、追随せし敵歩兵もまた潰走(かいそう)せり」

 こうした日本軍の“肉弾攻撃”は各地で展開され、ソ連軍を戦慄させた。第126師団の捕虜となったソ連軍将校は、こう語っている。

 「日本軍特攻隊が我が戦車の接近するや、むっくり起き上がり爆弾と共に戦車に突入し自爆する状態は、ソ連人の到底実行しえざることなり」

× × ×

 だが、第一線部隊が壮絶な戦闘を続ける中、関東軍総司令部は非情な決断を下す。

 9日未明のソ連軍侵攻を、関東軍総司令官の山田乙三は出張先の大連で知った。急ぎ用意された偵察機に搭乗し、首都新京の総司令部に着いたのは同日午後1時ごろ。ソ連軍侵攻の一報から半日が過ぎていた。

 山田は、総参謀長の秦彦三郎から報告を受けると、直ちに宮内府に赴き皇帝溥儀(ふぎ)に拝謁した。

 「陛下、総司令部は近日中に、朝鮮との国境近くの通化(現中国吉林省通化市)に転進いたします。陛下と陛下の政府も、安全のため、通化に近い臨江に遷都されますよう、お願い申し上げます」

続きを読む

「ニュース」のランキング