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【昭和天皇の87年】要塞を死守せよ! 関東軍の決死の反撃、ソ連軍は大混乱に陥った

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 戦っているのは、将兵だけではなかった。

 ソ連侵攻の9日以降、猛虎山陣地には約300人の、平頂山陣地には約150人の在留邦人が避難しており、婦女子を含め率先して負傷兵の看護、弾薬の搬送、炊事などに従事した。

 速射砲中隊所属の兵士がつづった戦記によれば、要塞外の作業で「敵が襲撃して来たらどうするか」と話し合っていた兵士らを、看護婦のひとりが「そのときは突っ込めばよい」と叱咤(しった)激励したという。

 だが、所詮は多勢に無勢である。ソ連軍が無尽蔵ともいえる兵力を投入してくるのに対し、孤立無援の守備隊は補給の手段がなく、戦力は日増しに激減した。

 やがて虎頭要塞は、壮絶な最期を迎えることになる-。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

【参考・引用文献】

○防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 関東軍(二)関特演・終戦時の対ソ戦』(朝雲新聞社)

○平田文市編『ソ満国境 虎頭要塞の戦記』(全国虎頭会事務局)

加農(カノン)砲と榴弾砲 カノン砲は長い砲身が特徴で、高初速の砲弾を水平に近い弾道で発射し、主に遠距離の目標物を直接狙って破壊する。一方、榴弾砲は砲身が短く、山なりの弾道で敵陣地などを攻撃する。山地などの遮蔽物で目標を直接狙えない場合に威力を発揮し、敵の歩兵や輸送車などを制圧する間接射撃に有効である。ただし第二次世界大戦以降、長砲身の榴弾砲が出現し、カノン砲との区別は事実上なくなっている。

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