産経ニュース

【野口裕之の軍事情勢】戦後最大のスパイ事件取材と在英亡命諜報機関員暗殺で見た露毒殺史   

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【野口裕之の軍事情勢】
戦後最大のスパイ事件取材と在英亡命諜報機関員暗殺で見た露毒殺史   

3月18日、モスクワ中心部の広場で開かれた集会で演説するロシアのプーチン大統領(ロイター=共同) 3月18日、モスクワ中心部の広場で開かれた集会で演説するロシアのプーチン大統領(ロイター=共同)

 第二幕《妻は回想する。『翌日夜10時、真っ青の顔の主人に打ち明けられ愕然とした。バッグに下着や預金通帳を詰め、住人に悟られぬよう素足で階段を降り、上野の旅館に隠れた。4回目の結婚記念日だったが一晩中、逃亡か自首かを話し合った』》

 第三幕《室井は事件後4回、居所を変え反省したかに見えたが、日本の公安組織も甘くはない。1963年6月19日以降、ソ連側との接触を確認している。前後して、室井は石油開発会社の常務となる。『数日日本で、30~40日をソ連で過ごすハードな生活の繰り返しだった』と妻。自民党親ソ派大物代議士や経済人の推薦を受け、ソ連での石油開発を手掛けていたのだ》

19年後の謎の死

 終幕《1973年3月、室井はモスクワ行き民間航空機内で不可解な死を遂げる。乗り合わせた新婚旅行中の医師は取材当時、大学教授になっていたが、記憶は鮮明だった。

 『脈がなく呼吸停止、瞳孔が開いていた。東京監察医務院の判定からはクモ膜下出血や脳内出血の症状。発作後数分だった。皮膚が紫がかるチアノーゼが診られたので、嘔吐に因る窒息や超劇症型の可能性がゼロではないが、一般的には死の兆候が早過ぎる』

 教授は『死ぬ1時間前に「薬を飲み間違えた」と周りに語っており、すっきりしない一件だった』と、筆者に対し毒殺を否定しなかった》

続きを読む

このニュースの写真

  • 戦後最大のスパイ事件取材と在英亡命諜報機関員暗殺で見た露毒殺史   
  • 戦後最大のスパイ事件取材と在英亡命諜報機関員暗殺で見た露毒殺史   
  • 戦後最大のスパイ事件取材と在英亡命諜報機関員暗殺で見た露毒殺史   
  • 戦後最大のスパイ事件取材と在英亡命諜報機関員暗殺で見た露毒殺史   

「ニュース」のランキング