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【昭和天皇の87年】軍部を叱責した天皇 かくて最初の聖断は下された

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【参考・引用文献】

○宮内庁編『昭和天皇実録』34巻

◯外務省編『終戦史録』(官公庁資料編纂会)

○迫水久常「降伏時の真相」(『終戦史録』所収)

○「豊田手記」(同)

○在スイス公使及び在スエーデン公使間往復電報(同)

三国干渉時の明治天皇の御決断 1894~95(明治27~28)年の日清戦争で勝利した日本は、清国との講和条約により遼東半島の割譲を受けたが、これに反発するロシアが領有を放棄するよう日本に勧告。ドイツとフランスも追随した。日本は御前会議を開いて対応を協議し、イギリスなどに働きかけて3国の干渉を排除しようとしたが、武力を誇示するロシアの圧力に抗しきれず、遼東半島の返還を決定。明治天皇が詔勅で国民に告げた。その後ロシアは、日本が放棄した遼東半島先端の旅順を租借地とし、中国東北部(満州)へ勢力を広げた。日本の世論は激高し、「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」をスローガンに、ロシアに対抗できる国力の増強が進められた。

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