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【昭和天皇の87年】陸相と海相が激論 「もはや聖断しかない」

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 終戦派の米内は、最高戦争指導会議ではほとんど発言しなかった。その結果、抗戦派の主張が通ってしまったことに、責任を感じていたのではないか。温厚な性格で口数が少なく、凡庸(ぼんよう)然としているため「昼行灯(あんどん)」とも陰口された米内だが、この時の発言には鬼気迫るものがあった。

 内閣情報局総裁だった下村宏が、閣議の緊迫したやりとりを戦後に書き残している。

 阿南「原子爆弾、ソ連の参戦、これに対しソロバンずくでは勝利のメドがない。しかし大和民族の名誉のため戦い続けている中には何らかのチャンスがある。死中に活を求むる戦法に出れば完敗を喫することなくむしろ戦局を好転させうる公算もある」

 米内「現在の国内情勢では戦争を継続できるか疑う。海相としては英米に対して勝味はない。降伏して日本を救い得るか。それとも一か八かとにかく戦いつづけるのがよいか、極めて冷静に合理的に判断すべきである。面目、面子(メンツ)などにこだわっていられない」

 阿南「(連合国に)保障占領された後では口も手も出しようがない。先方のなすままとなる。統帥府の空気は私より強い。戦局は五分五分である。互角である。敗(まけ)とはみていない」

 米内「戦争は互角というが、科学戦として武力戦として明らかに敗けている。局所局所の武勇伝は別であるが、ブーゲンビル戦以来、サイパン、ルソン、レイテ、硫黄島、沖縄みな然り、みな負けている」

 阿南「会戦では負けているが戦争では負けていない、陸海軍間の感覚が違う」

 米内「敗北とはいわぬが、日本は負けている」

 阿南「負けているとは思わぬ」

 米内「勝つ見込みがあれば問題はない」

 阿南「ソロバンでは判断できぬ。とにかく国体の護持が危険である。条件つきにて国体が護持できるのである。手足をもがれてどうして護持できるか」

× × ×

 戦局をめぐり、激しく火花を散らす陸相と海相-。下村の回顧録によれば、ほかの閣僚からは次のような発言があった。

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