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【昭和天皇の87年】突然のソ連侵攻に狼狽する軍部 そのとき、天皇が敢然と動いた

画=筑紫直弘
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大日本帝国最後の一週間(1)

 漆黒の闇の中、大粒の雨が大地を激しく打っていた。国境付近に集結した数十万のソ連軍を照らす月明かりはなく、戦車のエンジン音は雨音にかき消された。

 昭和20(1945)年8月9日午前零時、危機の迫る満洲(現中国東北部)は、いまだ深い眠りの中にあった。

 その1時間前、モスクワのクレムリンでは、駐ソ大使の佐藤尚武が顔面を蒼白(そうはく)にして、ソ連外相モロトフが読み上げる宣戦布告状を聞いていた。

 「……即チ八月九日ヨリソ連邦ハ日本ト戦争状態ニアルモノト思考スルコトヲ宣言ス……」

 佐藤は口元をゆがめ、無理に笑みを作ってみせた。ここで抗議しても何も変わらない。今は一刻も早く本国に知らせなければ。

 「ただいまの通告を、外交特権で東京に至急打電したい。よろしいですね」

 「もちろんだ」

 クレムリンを辞去した佐藤は日本大使館に車を急がせた。だが、開戦を告げる電報はソ連当局に妨害され、東京へは届かなかった。

× × ×

 満洲は、まだ眠っている。首都新京(現吉林省長春市)の関東軍総司令部も、ひっそりとしている。総司令官山田乙三は大連(現遼寧省大連市)に出張中で、留守を預かる総参謀長や高級参謀らは官舎で就寝中だった。

 午前1時、当直参謀室の電話が鳴った。

 「東寧(とうねい)及び綏芬河(すいふんが)正面の敵、攻撃を開始せり」

 「牡丹江(ぼたんこう)市街は敵の空襲をうけつつあり」

 満洲東部を守備する第5軍司令部からの緊急報告。受話器を握る参謀の手が震えた。続いて新京郊外が爆撃を受け、各方面軍からも被害報告が飛び込んでくる。ついにソ連軍が日ソ中立条約を破り、東部、北部、西部の三方から一斉に攻め込んできたのだ。

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