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【野口裕之の軍事情勢】中国に告ぐ「靖国神社に戦犯は祀られていない」 韓国に告ぐ「枢軸国だった歴史を直視せよ」

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【野口裕之の軍事情勢】
中国に告ぐ「靖国神社に戦犯は祀られていない」 韓国に告ぐ「枢軸国だった歴史を直視せよ」

終戦の日を迎え雨の中、夕方になっても多くの参拝者が靖国神社を訪れた=8月15日、東京都千代田区(桐山弘太撮影) 終戦の日を迎え雨の中、夕方になっても多くの参拝者が靖国神社を訪れた=8月15日、東京都千代田区(桐山弘太撮影)

ユダヤ難民を助けた東條英機

 いわゆる《戦犯》自体も誤認している。1952年のサンフランシスコ講和条約発効を受け、日本は主権回復し《各級死亡戦犯》を《公務死》と認定した。条約では、裁判を牛耳った11カ国の過半数の同意を得られれば《戦犯》を赦免できると規定。外国の異論もなく、58年までに全員釈放となった。既述したが、もともと〝C級戦犯〟は存在せず、〝AB級戦犯〟も靖国神社にお祀りされていないということ。

 連合国は《人道に対する罪》を問えなかった、どころではない。大日本帝國は、迫害を逃れた万人レベルのユダヤ人を世界中で助け続けた。例えば-

 1935年にドイツ施政下のユダヤ人は公民権を奪われ難民となり外国に逃れた。一説に数千人のユダヤ人が38年、シベリア鉄道で滿洲國近くのソ連にたどり着く。ソ連に入国拒否された難民は滿洲國入りを切望したが、滿洲國も拒む。

 滿洲國防衛を担う帝國陸軍・關東軍の樋口季一郎・少将(後に中将/1888~1970年)は、吹雪の中に立ち尽くす難民を見かね食料・衣類・燃料や加療を施した。さらに、滿洲國外務省や南滿洲鉄道(滿鉄)を説き、滿洲や上海租界への移動を周旋した。

 日独防共協定(1936年)を結び、日独伊三国同盟(40年)まで視野に入れていたドイツは断固抗議。抗議を受け、樋口は關東軍参謀長時代の東條英機・中将に呼ばれる。樋口は東條に「ヒトラーのお先棒を担ぎ弱い者いじめをすることが正しいと思われますか」と質し、東條も受容した。

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