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【航空機ファン必見】「Z機」と呼ばれた幻の爆撃機・富嶽 編隊での米爆撃構想裏付ける護衛用「掃射機」の設計図発見(動画付き)

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【航空機ファン必見】
「Z機」と呼ばれた幻の爆撃機・富嶽 編隊での米爆撃構想裏付ける護衛用「掃射機」の設計図発見(動画付き)

昭和18年、太田工場で作製された掃射機設計図 昭和18年、太田工場で作製された掃射機設計図

 見つかった掃射機の設計図について、戦時中の軍用機に詳しい東洋大学講師の水沢光さんは「海軍系の小泉製作所と陸軍系の太田製作所がそれぞれ設計を進めていたことが読み取れる。中島飛行機が社をあげて、設計を進めていたことが、具体的な資料によって明らかになったといえる」と語った。

 また、知久平を研究している前橋市文化国際課の手島仁参事は「掃射機の設計図が現存したことで、中島飛行機内の研究がかなり具体的なものだったことが伺える。掃射機は爆撃機と違い、機銃掃射から輸送までこなす完結した戦闘機だったのではないか」と話した。

                      (前橋支局 住谷早紀)

  

 中島知久平(1884~1949) 尾島町の農家に生まれ、尋常高等小学校卒業後、海軍に入隊。当時まだ木製だった飛行機が将来「国防上、最重要になる」と見抜き、飛行機工場長に。海軍初の制式機を設計するなどの業績を残し大正6年に退役。中島飛行機を興し戦史に残る数々の名機を建造、一大企業に育て上げた。退役時、知久平は軍関係者に送付した「職退の辞」で航空戦時代を予言。「金剛級の戦艦一隻で3千機、1艦隊分で数万の飛行機が製作可能。各自に魚雷を装備すれば金剛よりはるかに高い戦闘力を得る」と訴えた。欧米に生産力で劣る日本が戦艦建造を続けても財政を逼迫させるだけだが、飛行機なら少ない資金で量産が可能とし、技術力で米国に並ぶ日本が資金を集中させれば超高性能の飛行機を開発でき戦争の主役になると説いた。富嶽もこの延長線上で構想されたが、戦艦至上主義は敗戦まで軍内部に色濃く残った。戦後、中島飛行機は財閥解体を経て富士重工(現在のSUBARU)となり、自動車メーカーとして発展した。

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