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【ニュースの深層】成田空港反対闘争、煽って逃げた社会党 テロ集団を育てたといっても過言ではない 小川国彦氏の死去に思う

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【ニュースの深層】
成田空港反対闘争、煽って逃げた社会党 テロ集団を育てたといっても過言ではない 小川国彦氏の死去に思う

開港4日前の成田空港管制塔を占拠し、破壊した過激派。管制官は屋上に逃げた。この事件で開港は2カ月延期された=昭和53年3月26日(本社ヘリから) 開港4日前の成田空港管制塔を占拠し、破壊した過激派。管制官は屋上に逃げた。この事件で開港は2カ月延期された=昭和53年3月26日(本社ヘリから)

 伊藤氏は空港視察に先立って殉職警察官の顕彰碑に献花した。反対派農民の一人は「社会党が反対運動に火を付けたから警察官が死ぬ事件が起きた。どういう気持ちで献花したのだろうか」と不信感をあらわにした。

 小川氏に取材を申し込むと…

 多くの社会党関係者は開港当初、「成田空港は使わない」と話し、大阪空港などから海外に出掛けた人もいたが、なし崩し的に成田を使うようになった。

 国会議員の一坪共有地も解消していったが、小川氏は昭和62年まで持ち分を持ち続けた。うち1カ所は過激派、革労協の拠点「木の根団結砦」の敷地だ。同派の別の拠点「大清水団結小屋」はもともと社会党の現地闘争本部だった。

 数々のテロや内ゲバ事件を繰り返してきた革労協は社会党の青年組織、日本社会主義青年同盟(社青同)の分派「解放派」を名乗ってきた。社会党が育てたテロ集団と言っても過言ではない。管制塔占拠事件を起こした第四インター(現・JRCL)もかつて社青同にいた。

 社会党と総評が組織した反戦青年委員会にも革労協や中核派などの過激派が浸透した。今でも旧総評系労組に過激派活動家がいることは周知の事実だ。

 社会党は成田闘争を指導した責任をどう考えているのか-。筆者は平成5年、小川氏に取材を申し込んだが、秘書を通じて「昔のことを蒸し返して社会党の責任を追及するのは当を得ていない」と拒んだ。

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