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【満州文化物語(46)】30年続いた「満州時間」 日本に「時差」があったとき

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【満州文化物語(46)】
30年続いた「満州時間」 日本に「時差」があったとき

大正時代の長春駅のポスター、時計には『ハルビン時間』と『満州時間(西部標準時)』の2種類の針が書かれている(中村俊一朗氏提供) 大正時代の長春駅のポスター、時計には『ハルビン時間』と『満州時間(西部標準時)』の2種類の針が書かれている(中村俊一朗氏提供)

 話は前後するが、満州が主戦場となった日露戦争では、その時までは現地に展開した日本軍も中央標準時を使っていた。渡辺諒著『満鉄史余話』にはこうある。

 《用兵には標準時を定めるのが常識であろう…大本営と(日本の)満洲軍と連合艦隊がまちまちの標準時間のもとで作戦計画をたて、後で時差を正しあうなどという迂遠(うえん)なことをやっていたとは想像もできないことである》

 同書によれば、日露海軍が激突した日本海海戦の公式記録で戦闘開始時間は両国で38分違う。これは日本軍が中央標準時を、ロシア軍はハルビン時間(中央標準時との時差はマイナス34分、西部標準時とはプラス26分)を使っていたからではないか、と推測している。

 このハルビン時間は、日露戦争後も満州に残っていた。長春以北の東清鉄道(後に北満鉄路)の経営権はロシアが持ち続けていたため、同鉄道線では引き続きハルビン時間が使われ続けたからである。

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