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【入門・日米戦争どっちが悪い(5)】日本を追い込んだルーズベルト 背景に人種偏見とソ連のスパイ

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【入門・日米戦争どっちが悪い(5)】
日本を追い込んだルーズベルト 背景に人種偏見とソ連のスパイ

日本への宣戦布告に署名するフランクリン・ルーズベルト米大統領。第二次世界大戦への参戦を望んでいたとされる=1941年12月8日、米ワシントン(ロイター) 日本への宣戦布告に署名するフランクリン・ルーズベルト米大統領。第二次世界大戦への参戦を望んでいたとされる=1941年12月8日、米ワシントン(ロイター)

 ハル・ノート起草したのはソ連のスパイ

 ルーズベルトは極端な人種差別主義者で、日本人を病的に蔑視していました。「日本人は頭蓋骨の発達が白人より2000年遅れているから凶悪なのだ」と大真面目に信じていたのです。駐米英公使ロバート・キャンベルはルーズベルトとの会談内容を本国に報告した手紙で、ルーズベルトがアジアで白人との人種交配を進めることが重要と考え、「インド-アジア系、あるいはユーラシア系、さらにいえばヨーロッパ-インド-アジア系人種なるものを作り出し、それによって立派な文明と極東『社会』を生み出していく」、ただし「日本人は除外し、元の島々に隔離してしだいに衰えさせる」と語ったと書いています。

 「元の島々に隔離してしだいに衰えさせる」という妄想を言葉に出して、わが国に通告したのがハル・ノートなのです。

 もし米国が他国から「建国当初の東部13州に戻れ」と言われたらどう思うでしょうか。戦後の東京裁判でインド代表判事のラダビノード・パールは「同じような通牒を受け取った場合、モナコ王国やルクセンブルク大公国でさえも合衆国に対して戈(ほこ)を取って起ち上がったであろう」という歴史家の言葉を引用しています。

 ハル・ノートは国務長官のハルが手渡したためそう呼ばれていますが、原案を書いたのは財務次官補ハリー・ホワイトでした。ホワイトはJB355を推進したカリーと同様、ソ連のスパイでした。米国とわが国を戦わせるため、とても受け入れられない強硬な内容にしたのです(ホワイトがソ連のスパイだったことは戦後明らかになり、下院に喚問された3日後に自殺しています)。

 ハル・ノートを出す前に米国は暫定協定案を作っていました。わが国が受け入れ可能な内容でしたが、中国国民政府の蒋介石が強硬に反対しました。カリーの推薦で蒋介石の顧問になっていたオーエン・ラティモアが暗躍していたのです。米国のシンクタンク、太平洋問題調査会(IPR)にはラティモアら共産主義シンパが入り込んでいました。わが国の昭和研究会と同じような役割を果たしたといえます。

 ルーズベルト政権には300人ものソ連への協力者が入り込んでいました。ソ連の浸透は、ソ連のスパイが本国とやり取りした暗号電報を米軍が解読したヴェノナ文書が1995年になって公開されて明らかになりました。

 前に述べた通り、ルーズベルトは共産主義への警戒感はなく、ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンについて「共産主義者ではなく、ただロシアの愛国者であるだけだ」と言っていました。妻のエレノアも共産主義に共鳴していました。ルーズベルトはわが国と米国を戦わせようというスターリンの謀略に影響されていたのです。

 こうしてわが国は追い詰められていきました。

=つづく

(地方部編集委員 渡辺浩)

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