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【入門・日米戦争どっちが悪い(2)】先住民追い出し太平洋に出た米国 「明白な運命」と略奪正当化

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【入門・日米戦争どっちが悪い(2)】
先住民追い出し太平洋に出た米国 「明白な運命」と略奪正当化

米中西部ノースダコタ州での石油パイプライン建設計画反対運動に参加するインディアンの部族のリーダー=4日(ロイター) 米中西部ノースダコタ州での石油パイプライン建設計画反対運動に参加するインディアンの部族のリーダー=4日(ロイター)

 ペリーは大統領の国書とは別に、2枚の白旗に手紙を添えて幕府に渡していました。手紙には「通商を認めないなら天理(万物に通じる天の道理)に反する大きな罪なので、武力でその罪をただす。われわれは必ず勝つ。和睦(降伏)したいなら、この白旗を示せ」と書かれていました。「天理」とはマニフェストデスティニーのことです。

 ペリーたちは翌年再び来航し、わが国は日米和親条約を締結。4年後には日米修好通商条約という不平等条約を結ばされました。開国に応じていなければインディアンのように征服されていたでしょう。

 もちろん、わが国はいつかは開国しなければいけなかったのですが、ペリーの脅しによって国を開かされたのです。

 ハワイやフィリピンも征服

 米国では、最後のインディアン虐殺「ウンデット・ニーの虐殺」があった1890年、国勢調査局が「フロンティアの消滅」を宣言しました。北米大陸にはもう奪う土地はなくなったのです。

 すると1893年、米国はハワイのリリウオカラニ女王を武力で退位させ、臨時政府を樹立しました。

 わが国は在留邦人を保護するため、巡洋艦の「浪速」(艦長・東郷平八郎大佐)と「金剛」をホノルル港に派遣して牽制しました。東郷らはいったん帰国し、再びホノルル港に入りました。そのとき臨時政府は東郷に臨時政府の「建国1周年」の祝砲21発を要請しましたが、東郷は「その必要なし」と断りました。

 東郷の毅然とした行動を見た米国海軍次官セオドア・ルーズベルトは、1897年5日5日付で友人の海洋戦略理論家アルフレッド・マハンに宛てた手紙でこう書いています。

 「もし私が思い通りにやるなら、あすそれらの島々(ハワイ)を併合したい」「すぐにニカラグアに運河を造り、新型の戦艦を1ダース建造して、半分は太平洋に配備しなければならない」「私は日本からの危険にしっかりと気付いている」「ただちに行動しなければならない。戦艦『オレゴン』を、必要なら『モントレー』を送って島にわれわれの旗を掲げる」

 日本に脅威を感じたルーズベルトはこの年、海軍の対日作戦計画を作りました。そして翌1898年、米国はハワイを自国の領土にしてしまいました(ハワイ併合)。

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