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【月刊正論1月号】三笠宮崇仁親王殿下は男系を守ろうとされた 作家・竹田恒泰

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【月刊正論1月号】
三笠宮崇仁親王殿下は男系を守ろうとされた 作家・竹田恒泰

三笠宮崇仁親王殿下 三笠宮崇仁親王殿下

※この記事は月刊「正論1月号」から転載しました。ご購入はこちらへ。 

現皇室の礎を築いた大殿下

 平成二十八年十月二十七日午前八時三十四分、三笠宮崇仁(たかひと)親王殿下が薨去あそばされた。御年百歳であられた。臣民の一人として心から哀悼の意を表したい。  

 殿下は、戦時中は皇族軍人そして弟宮として昭和天皇をお支えになり、戦後は国民から親しまれる皇室を築く上で絶大なお力を発揮なさった。現在の皇族方が、様々なご活動をなさり、国民との間に多種多様な接点をお持ちになっておいでなのも、宮様がその基礎をお作りになったからではないかと思う。皇族最長老であられ「大殿下(おおでんか)」として親しまれた宮様だった。

 殿下と妃殿下との間には男のお子様三方、女のお子様二方がおいでで、子だくさんの宮様として知られていた。ところが、三笠宮家は、あれだけ栄えたにもかかわらず、男のお子様は長男の寛仁親王殿下、次男の桂宮殿下、三男の高円宮殿下ともすでに薨去あそばされ、今般崇仁親王殿下がお隠れになったことで、三笠宮家には男性皇族がお一方もいらっしゃらなくなった。これにより、三笠宮家が断絶することが確定してしまったことは実に残念である。  

 父親としてご子息三方を看取ることのお苦しみはいかばかりであったろうか、想像するに余りある。平成二十四年に寛仁親王殿下の斂葬の儀(葬儀)にご出席になった翌日の六月十五日、大殿下はご体調不良でご入院あそばし、心臓の手術をお受けになったことからもそのお苦しみが拝察される。  

 三笠宮は、秩父宮、高松宮に次ぐ昭和天皇の弟宮ご一家で、大正・昭和生まれの人にとっては馴染みが深い。また、お子様の寛仁親王殿下、桂宮殿下、高円宮殿下はいずれも各方面で活躍なさり多くの国民に親しまれたため知る人も多い。桂宮殿下は生涯独身でいらっしゃったが、寛仁親王殿下のお嬢様お二方、高円宮殿下のお嬢様お三方ともすでに成人あそばし、近年は精力的に御公務をなさっていらっしゃる。特に高円宮殿下の次女であられる典子女王殿下が出雲国造家の千家家にお嫁ぎになったことは、国民的な慶事として多くの国民が祝福した。平成生まれの人も、たとえ三笠宮殿下を知らずとも、お子様方やお孫様方を知っている人は多いであろう。 

 このように、たくさんのお子様方やお孫様方が、自らの個性を活かして伸び伸びとご活躍になるのも、大殿下の皇族としての型にはまらない自由な発想とご性格の影響によるものが大きかったのではないかと思う。

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