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【北方領土 屈辱の交渉史(2)】樺太千島交換条約を主導したのは「太陽の沈まない国」だった…

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【北方領土 屈辱の交渉史(2)】
樺太千島交換条約を主導したのは「太陽の沈まない国」だった…

 英国は、明治政府の要人にこのようなアドバイスを送り続けた。その元締は駐日英公使のハリー・パークス。「維新の三傑」といわれる大久保利通にも直接働きかけたとみられる。

 当時の英国は「太陽の沈まない国」と称される世界一の海軍国家だ。海洋戦略に長けた英国は、ロシア海軍が将来太平洋に進出することを懸念し、千島列島を日本に領有させることでオホーツク海に封じ込めようと考えたのだ。

 ロシアは幕末の万延元(1860)年、北京条約で中国から沿海州を奪い、ウラジオストクを軍港にした。翌文久元(1861)年には露軍艦ポサドニック号が対馬・浅茅湾に侵入し、島の中心部を占拠。艦長のニコライ・ビリリョフは幕府に「対馬の租借」「兵営施設建設」「食料」「遊女」を要求した。

 結局、英国の仲裁を受け、ポサドニック号は退去したが、英国はこの頃からロシアの太平洋進出に神経をとがらせるようになる。千島列島と日本列島による露海軍の封じ込めは英国の国家戦略だったのだ。

 ロシア側で千島列島の重要性に気づいたのは、旧ソ連の独裁者であるヨシフ・スターリンだった。

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