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【月刊正論】「慰安婦狩り」を偽証した吉田清治「韓国スパイ」説を追う 大高未貴(ジャーナリスト)

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【月刊正論】
「慰安婦狩り」を偽証した吉田清治「韓国スパイ」説を追う 大高未貴(ジャーナリスト)

吉田清治氏を取り上げた朝日新聞の記事(手前が昭和58年10月19日付、奥が同年12月24日付) 吉田清治氏を取り上げた朝日新聞の記事(手前が昭和58年10月19日付、奥が同年12月24日付)

 その後、禎郁氏には2人の子供が生れた。長男は昭和18年に福岡で出生、次男は昭和20年8月に中国・遼寧市で生まれている(翌年瀋陽で死去)。だから日本と大陸を行き来していたことがうかがえる。さらに戦後は日本に来て、2人の子宝に恵まれ、吉田家の籍からは昭和23年に抜けている。

 不思議なのは、清治氏が自著『朝鮮人慰安婦と日本人』で、禎郁氏を戦死したことにしていたことだ。吉田氏は、禎郁氏の戦後を封印しているのだ。

 この本には、禎郁氏と思われる「金永達」という人物が登場するが、この「金永達」は東京生まれで、昭和12年に吉田氏の養子となり、同年小学校教師の日本人と結婚、直後に小倉連隊に入る。12年、満州国国務院地籍整理局の官吏に合格した吉田氏は新京の日系官吏養成所の勤務となり、寄宿舎で同室だった同僚が「金永達」だったことになっており、朝鮮出身の官吏が日本人待遇から満人待遇に変更させられ、肩を落とす「金永達」に対して、吉田氏は養子縁組を持ちかけるのだ。

 同書には「私はそのとき、金永達にたいして民族的な優越感をもって、無造作に自分の思いつきを話だしていた」とある。

 養子縁組は禎郁氏の事実と重なるが、なぜか「金永達」は翌13年9月、中国の間島省で戦死したことになっている。同書の他の箇所を見ても、事実に話を加えて虚実綯い交ぜにするのは吉田氏の特技ともいえる。ただ、著書の内容や堂上氏への証言から推測すれば、朝鮮籍の禎郁氏を養子に入れたことは“当時、日本社会で差別されていた可哀そうな朝鮮人を救ってあげた”“戦後は彼の秘密が暴かれないように作品の中で殺してあげた”という美談として考えることも可能かもしれない。

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