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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】独立不羈の男・河合栄治郎(60)その生涯編 戦火拡大

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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】
独立不羈の男・河合栄治郎(60)その生涯編 戦火拡大

支那事変(日中戦争)の戦費調達のため国債が売り出され、バスを利用した巡回売り場で買い求める人々 支那事変(日中戦争)の戦費調達のため国債が売り出され、バスを利用した巡回売り場で買い求める人々

 この段階で、対米英戦争の危険を懸念していたのは、駐英大使の吉田茂ら一部の米英派だけだった。まして、日米戦争の末に満州、朝鮮、台湾はおろか、沖縄まで失うと予測する人物はさすがにいない。栄治郎の大胆な予測に、満座の経済人たちは衝撃を受けていた。

 日本がドイツ、イタリアとの三国同盟を結ぶのは、さらに2年半以上もたった昭和15年9月である。日本は日独伊三国同盟によって米英を牽制したつもりが、逆に太平洋での対米英戦争が不可避となっていく。

 栄治郎の鋭い戦略見通しは、早くも大日本帝国の崩壊を意識していたのである。親友である鶴見祐輔の長男、俊輔は、栄治郎によるこの時の講演に関連し、「徹底したリアリズムが、どうして虚無主義に厭世(えんせい)主義に彼を導かなかったかは、一つの不思議である」と、後に書いている(鶴見俊輔「河合栄治郎氏の印象」『月報9』)。

徹底したリアリズム

 栄治郎の著作を読んでいると、思想的には理想主義を説いてはいても、対外戦略については俊輔が直感したように徹底した現実主義であった。

 栄治郎は日本工業倶楽部の講演より3カ月前に、『中央公論』の昭和12年11月号に「日支問題論」を書き、12月号には「外交の革新」を相次いで発表していた。経済人たちは言論統制下でも率直に持論を語る河合教授に、曇りのない戦争への所見を期待したのであろう。

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