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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】独立不羈の男・河合栄治郎とその後の時代(59)その生涯編・第三勢力

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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】
独立不羈の男・河合栄治郎とその後の時代(59)その生涯編・第三勢力

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(毎週土曜日に掲載します)

英国型議会主義に期待

 昭和12(1937)年7月に大陸で盧溝橋事件が勃発したものの、国内では議会政治がかろうじて生きていた。昭和初期のマルキシズム、ファシズム、リベラリズムの鼎立(ていりつ)時代から、マルキシズムは壊滅した。だが、河合栄治郎はリベラリズムの一翼を担う「社会大衆党」に、いちるの望みを託していた。

 社会大衆党は共産主義ともファシズムとも違い、「議会の上に安閑と眠る古い自由主義とも違う、民主主義によりながら革新を行おうとする新しい政党」であった(河上民雄「河合栄治郎と私の父」『月報15』)。栄治郎が期待したのは、欧州留学中、階級政党から国民政党に脱皮した英国労働党のイメージであった。

 盧溝橋事件の直前の4月に林銑十郎内閣下で実施された第20回総選挙で、社会大衆党は37人を当選させ、政友会と民政党の二大政党に次ぐ第三勢力の地位にまで躍進していた。

 栄治郎は同党の躍進が「希望と予想を現実化せしめた」として、日本政治史上の特筆すべき事実と評価した。英国労働党が1900年に立党してわずか6年で、43議席を獲得したことと比較し、今後の伸びに期待を寄せたのだ(「社会大衆党の任務」『全集第十九巻』)。

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