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【満州文化物語(30)特別編】朝鮮出身者はエリートだった 満州国軍軍官学校で「日系扱い」に

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【満州文化物語(30)特別編】
朝鮮出身者はエリートだった 満州国軍軍官学校で「日系扱い」に

17歳で満州国陸軍軍官学校に入校した金光植氏=昭和19年(同氏提供) 17歳で満州国陸軍軍官学校に入校した金光植氏=昭和19年(同氏提供)

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 満州国軍の兵力は約15万(終戦時)。建国時(昭和7年)に交わされた日満議定書で満州国の国防は日本軍(関東軍)に委託されており、満州国軍は補佐的に一翼を担うことになる。

 当初は張学良配下の旧東北軍などの軍閥、日満混合の靖安(せいあん)遊撃隊ら雑多なメンバーで構成されていたが、自前で士官(満州国軍では軍官と呼んだ)を養成する軍官学校を設立し、軍隊としての体裁を整えてゆく。

 もちろん日本が“首根っこ”を押さえる形ではあった(日本人は指揮官のみ)が、軍官学校は満州国を構成する5族(日、満、漢、鮮、蒙)すべてを受け入れた。日本人軍官の上官に中国人が就(つ)いたり、モンゴル人騎兵部隊を日本人指揮官が率いるユニークな軍隊になったのである。

日本陸士を受けたが…

 満州国の首都新京(現・中国長春)に創設(昭和14年)された陸軍軍官学校には、5族のうち蒙(モンゴル人)を除く4族が在籍。漢、満族と生活習慣などが相いれない蒙族のみ、彼らの居住地域にあった興(こう)安(あん)(こうあん)軍官学校で養成された。

 新京の軍官学校においても日系と満系(漢、満)との区別(選考方法や所属区隊)はあった。その中で日本統治下の朝鮮出身者(鮮系)は1期~6期まで満系に加えられていたが、19年12月入校の最後の7期は日系扱いに変わった。

 この変更は5族協和を謳いながらも、日本が厳然と頂点に君臨する満州国のヒエラルキー(階層的秩序)に微妙な変化をもたらす。国軍内では「鮮系がその次になった」と見る向きもあったからである。

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