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【角栄逮捕・40年後の証言(1)】マッチで指先焼いた元首相 任意同行に検察官も緊張 玄関先の家族、目には涙

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【角栄逮捕・40年後の証言(1)】
マッチで指先焼いた元首相 任意同行に検察官も緊張 玄関先の家族、目には涙

片手を上げるいつものポーズで東京地検に入る田中角栄=昭和51年7月27日 片手を上げるいつものポーズで東京地検に入る田中角栄=昭和51年7月27日

 日本の検察はその調書を確保するため、日本で起訴しないことを「免責不起訴宣明書」で確約。さらに、日本の最高裁もその免責を保証する「宣明書」でこれに“お墨付き”を与えた。だからこそ、コーチャンらは証言した。

 コーチャンらの嘱託尋問調書は1、2審では証拠として採用された。

 しかし、最高裁大法廷は平成7年2月22日、田中とともに起訴された「丸紅ルート」の2人の被告に対する判決で、田中への5億円の賄賂を認定しながらも、嘱託尋問調書の証拠能力を否定した。日本では刑事免責の制度を採用しておらず、弁護側の反対尋問の機会を閉ざしたとしたからだ。

 それでは田中の刑事責任は何が裏打ちするのか。事件の底流に何らかの政治的意図は働いていなかったか。逮捕から40年の今も疑問は消えない。=敬称略

     

 田中角栄(たなか・かくえい) 大正7年新潟県生まれ。高等小学校卒業後、昭和9年東京に出て建築事務所に勤務。陸軍入隊、満州出征を経て18年田中土建工業設立。22年衆院初当選。32年、39歳で郵政相として初入閣、以後蔵相、自民党幹事長、通産相など歴任。47年7月、54歳で首相就任、9月日中国交正常化を果たす。「日本列島改造論」で角栄ブームが起きるが、自らの金権体質を批判され、49年11月退陣。51年7月ロッキード事件をめぐる受託収賄容疑などで逮捕、翌月起訴されたが、田中派を率いて政界に強い影響力を維持。58年ロッキード裁判で懲役4年、追徴金5億円の有罪判決、控訴。60年2月、脳梗塞で倒れ、平成5年12月、75歳で死去。

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