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【藤本欣也の韓国探訪】日本の蔑称・倭館がなぜ地名に残っているのか? その歴史を紐解くと驚きの事実が…

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【藤本欣也の韓国探訪】
日本の蔑称・倭館がなぜ地名に残っているのか? その歴史を紐解くと驚きの事実が…

倭館小学校裏に残る日本式家屋 倭館小学校裏に残る日本式家屋

 「韓国で倭館という名前が地名として使われているのは漆谷郡の倭館だけです」。事務局長の孫京姫(ソン・ギョンヒ)さんが説明してくれた。

 そもそも倭館とは、主に14世紀以降の李氏朝鮮時代に設けられた日本人向けの客館や日本人居留地を指す。漆谷文化院によると、交易、接待、宿泊などを目的に設置された。「当時、朝鮮を訪れる日本人の中には『倭寇』と化して略奪を行う者が少なくなく、その懐柔策の意味もあったようです」(孫事務局長)。

 倭館は現在のソウルや釜山などのほか、ソウルへ向かう水上交通路として利用されていた洛東江沿いにもいくつかあった。その1つが漆谷郡の倭館である。

 豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際には、秀吉軍の物資の集積拠点になったとされる。しかし戦役ですべて破壊され、当時の跡は何も残っていない。それなのに、なぜ地名だけが現代まで続いているのか。

 漆谷郷土文化研究所の張永福(チャン・ヨンボク)所長(76)に聞くと、意外な答えが返ってきた。

 「施設の名称ではなく、地名としての倭館はそれほど歴史が古くないんですよ。110年余りにすぎません」

 張所長によると、現在のソウルと釜山を結ぶ鉄道の敷設権を得ていた日本によって、1905年に京釜線が開通。洛東江に469メートルの鉄橋が架けられ、駅も設置されることになった。その際、駅名に採用されたのが「倭館」だった。

改称を求める運動起きるも…

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