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【検証・文革半世紀(1)】「黒い懐刀」の異名持つ男の復帰が示す習近平政権の未来…「恥を捨てねば生き残れなかった」嵐は再来するか

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【検証・文革半世紀(1)】
「黒い懐刀」の異名持つ男の復帰が示す習近平政権の未来…「恥を捨てねば生き残れなかった」嵐は再来するか

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 文革は1966年5月、中国共産党主席だった毛沢東(1893~1976)が急進的な社会主義建設を掲げて始まった政治、思想、文化をめぐる闘争だ。毛が進めた大躍進(※4)が大量の餓死者を出す惨状を招き、劉少奇やトウ小平らが路線修正を図ったのを受け、毛が彼らに「走資実権派」とのレッテルを貼って反撃に出た。

 「造反有理」(造反には道理がある)のスローガンの下、学生や労働者が古参幹部や知識人らを追い詰め、社会を大混乱に陥れた。犠牲者については1千万人から4千万人まで、今も諸説ある。

 毛の死去に伴って文革は終わりを告げ、中国共産党は81年に中央総会でいわゆる「歴史決議」を採択。文革について「毛沢東が誤って発動し、反革命集団に利用され、党、国家や各族人民に重大な災難をもたらした内乱だ」として、「完全な誤りであった」と公式に確認した。この評価は今も変わっていない。

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 文革が始まって約1年後の67年9月。産経新聞の北京支局長、柴田穂(みのる)は突然、中国外務省から「国外退去」を命じられた。理由は「反中国報道」。取材活動が制限されている中で、北京市内の大学や工場などに出かけては壁新聞を書き写し、記事にした。当局が隠したい都合の悪い内容を含んでいたことが逆鱗に触れたとみられる。

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