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【満州文化物語(23)】実験校の上をいく超・実験校が生まれ 小学校で「飛び級」を実施、朝会と級長制度を無くして…  

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【満州文化物語(23)】
実験校の上をいく超・実験校が生まれ 小学校で「飛び級」を実施、朝会と級長制度を無くして…  

満洲教育専門学校附属小学校(「師の傘寿を記念して」より) 満洲教育専門学校附属小学校(「師の傘寿を記念して」より)

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 満州での先進的な教育研究・実験校だった満洲教育専門学校(教専)附属小(奉天)。本の多読・速読、討論、自由研究、グループワークを取り入れた斬新な授業で宮武城吉(しろきち)が児童の国語力アップに成功したのは前回書いた通りである。

 宮武の受け持ちクラス(50人)の児童は、後に東大、京大、満洲医大、旅順工科大学などへ進学、戦後は、日銀総裁(三重野康)▽芥川賞作家(安部公房)▽大学教授▽医師▽弁護士などとなった。総じて内地よりも教育レベルが高かった満州の中でも、驚異的な成果と言っていい。

 宮武は、中学(旧制)進学率が10%前後の時代に、クラス全員の中学進学を目標に掲げていた。とにかく向学心のある児童には課題を与え、発想力を育み、どんどん伸ばす。さらには家庭の了解を得て、小学生の三重野や安部に英語やドイツ語を教えるといった英才教育まで施している。

 宮武だけではない。教専出の教師は満州各地の学校に赴任し、古い因習にとらわれないユニークな教育を実践していた。

 藤田康夫(やすお=91)は、炭鉱の街・撫順の永安小学校、撫順中学(旧制)で教専出身の教師と出合う。

 「小学生なのに(方程式を使う)代数のような授業をやる。おかげで数学が好きになりました」

 藤田は旅順高校(同)から京都帝国大学工学部土木工学科へ進み、戦後は河川工学専門の技術官僚として要職を歴任した。

教専教師で固めた学校

 昭和5(1930)年にはほぼ全員を教専出身教師で固めた“スーパー実験校”というべき「奉天加茂小学校」が誕生する。教専出身の教師が1人、2人赴任しただけでは学校全体の中に埋もれてしまい「理想の教育」を実現できないというのが理由だった。

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