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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】独立不羈の男・河合栄治郎(38)その生涯編・留学から帰国

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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】
独立不羈の男・河合栄治郎(38)その生涯編・留学から帰国

英国留学前、国子夫人や娘、母の曽代と写る河合栄治郎=大正11年(全集から) 英国留学前、国子夫人や娘、母の曽代と写る河合栄治郎=大正11年(全集から)

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(毎週土曜日に掲載します)

 マルキシズムが開花する

 河合栄治郎が欧州で2年8カ月の在外研究をしている間に、日本の思想界は「マルクス主義の開花期」を迎えていた。

 既に日本共産党は、栄治郎が英国留学に出発する前の大正11(1922)年に非合法で結成され、機関誌の『階級戦』を発行していた。翌年9月の関東大震災の混乱に乗じた大杉栄の暗殺(甘粕事件)で無政府主義が後退し、マルクス主義が社会主義の主流に躍り出た。

 『階級戦』が大震災をきっかけに廃刊に追い込まれ、13年5月から『マルクス主義』が創刊された。これらの雑誌を舞台に山川均、堺利彦、福本和夫らが華々しく論陣を張った。

 イデオロギーの嵐は、大学をも巻き込み、留学を志す者はマルクス学の本場ドイツを目指した。招聘学者のE・レーデラーが求めに応じてマルクス経済学を教え、栄治郎より先に帰国した大内兵衛、舞出長五郎も、相次いで本場のマルクス経済学を持ち帰った。

 栄治郎の弟子であった大森義太郎、有沢広巳、山田盛太郎ら助手たちは、そのレーデラーの薫陶を受けていた。マルクス主義は、天下の知識人があっという間に魅せられてしまう強力な磁場を広げていた。彼らはかつての「経済哲学の助手」から、「戦闘的マルキシストの助教授」に変身していたのだ。

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