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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】独立不羈の男・河合栄治郎(36)その生涯編・欧州大陸へ

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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】
独立不羈の男・河合栄治郎(36)その生涯編・欧州大陸へ

河合栄治郎の渡英送別の記念写真。後列中央が栄治郎、前列左から2人目が国子夫人。前列中央は義父母の金井延、潔子夫妻 =大正11年(全集から) 河合栄治郎の渡英送別の記念写真。後列中央が栄治郎、前列左から2人目が国子夫人。前列中央は義父母の金井延、潔子夫妻 =大正11年(全集から)

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 (毎週土曜日に掲載します)

 マルクス学に決着つける

 大正13(1924)年3月15日午後、河合栄治郎はオックスフォード大学に別れを告げた。思い返せば、栄治郎は今回の英国留学で、労働党の勝利とその党を支える穏健な英国社会主義に感銘を受け、理論と実践を習得することができた。同時に、大学での学究生活では、なすべきことを遂げた満足感があった。

 栄治郎は「オックスフォードが一番自分に実力を付けた所になろう」と日記に書いた。これだけ精力的に勉学に励み、学者たちと討議を重ねた日本人研究者はいただろうか。評論家の粕谷一希は「鴎外の留学と比肩できる豊かな成果といえる」と結論づけている。

 河合夫妻は1年半の英国留学を終えると、残り1年をマルキシズム研究のため欧州大陸へと向かった。彼は「英国で得た暗示に内容を盛って、深い洗練を与えて呉(く)れるのが独逸(ドイツ)である」と考えていた。

 彼は途中、スイスのチューリヒの湖畔で夏の2カ月を送った。真夏のベルリンは汗が噴き出るほど暑く、友人の帝大助教授、本位田●男の勧めもあって涼しい欧州アルプスの山麓で過ごすことになった。大正13年7月17日、駅には本位田が出迎えてくれた。チューリヒ湖畔のホテルからは、はるか中空に雪の峰々が迫ってくる。

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