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【小山評定の群像(96)】天海 家康の神号決めた黒衣の宰相

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【小山評定の群像(96)】
天海 家康の神号決めた黒衣の宰相

神橋のたもとにある天海の銅像は昭和51年に建立された=栃木県日光市上鉢石町 神橋のたもとにある天海の銅像は昭和51年に建立された=栃木県日光市上鉢石町

 小山評定参加武将の紹介はいよいよ徳川家康を残すのみとなった。その前に、武将ではないが、家康の陰にいた気になる人物に触れる。

 天海大僧正(だいそうじょう)と家康の関係が史料に見られるのは江戸幕府成立後だが、関ケ原合戦図屏風(びょうぶ)には「南光坊」と記してあるものもある。絵が描かれた時代の情勢が反映されているので、関ケ原に随行した証拠にはならないが、家康のブレーン、政治顧問として台頭してきたのは関ケ原の戦いの前後とされ、ついには「黒衣の宰相」と呼ばれる影響力を持つ。

 家康の神号論争では、金地院(こんちいん)崇伝(すうでん)らの「大明神」とする意見と対立、「東照大権現」を主張、押し通した。日光東照宮繁栄の礎であり、「日光再興の恩人」。今年は家康400回忌、東照宮400年式年大祭の年だったので、そのことをしみじみと感じさせた。

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