産経ニュース

【秘録金正日(58)】「6軍団クーデター未遂」の真実 書き換えられたシナリオ、対中密輸で巨利得た末…

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【秘録金正日(58)】
「6軍団クーデター未遂」の真実 書き換えられたシナリオ、対中密輸で巨利得た末…

 1995年1月1日、金正日(キム・ジョンイル)は父、金日成(イルソン)の遺体が安置された錦繍山(クムスサン)記念宮殿(現・錦繍山太陽宮殿)を参拝し、その足で南西部、黄海北道(ファンヘプクト)の沙里院(サリウォン)市に駐屯する朝鮮人民軍第214部隊を視察した。前年7月の日成死去から正日の動静報道は途絶えていたが、北朝鮮メディアは、この視察を大々的に報じる。

 「将軍さまは、予告もなしに質素な服装で哨所を訪ねられ」、青々と若松(タバクソル)が生い茂る陣地を見て回り、「こういうところをタバクソル中隊と言うのだ」と述べたという。

 朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は後に、「『先軍政治』初の砲声が鳴り響いた歴史的日」と評し、北朝鮮では、その日から軍中心の「先軍政治」が始まったと意義づけられた。視察は「タバクソル哨所」訪問と伝説視されることになる。

 正日は、父の死去翌月の党中央委員会幹部会議で「私にいかなる変化も期待するな」と告げていた。だが、元日早々の部隊視察を喧伝(けんでん)させたのは、軍を中心にした国家運営に改め、体制を守り抜くと宣言したに等しかった。

結託で監視ライン骨抜き

 住民への食糧配給は94年ごろから成人1人当たり1日200グラムも供給できなくなり、餓死者が目立ち始める。困窮は民生部門にとどまらなかった。軍部隊でも栄養失調が蔓延(まんえん)し、兵士が食糧を求めて民家を襲う事件が頻発、士気は地に落ちていった。

「ニュース」のランキング