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【家族 第6部 「金の卵」が見た夢(5)完】努力・忍耐 紡いだ寮生活 小さな明かりで受験勉強

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【家族 第6部 「金の卵」が見た夢(5)完】
努力・忍耐 紡いだ寮生活 小さな明かりで受験勉強

 「母が死んだとき、ざまあみろと思った」。今年10月。東京都内の自宅を訪れた40年来の友人の言葉に、相田貴子(62)=仮名=は思わず耳を疑った。静岡県にあった紡績大手「日清紡」の工場で共に働いた優しい友人は、ぽつりぽつりと、集団就職したいきさつを話し始めた。

 きょうだいが多く、母から「高校へ行かせられないから働きなさい」と言われたこと、本当は進学して勉強したかったこと、ずっと母を恨んでいたこと…。初めて聞く話ばかりだった。だが、貴子にとって、数々の出会いと経験を与えてくれた工場での6年間はかけがえのない時間だ。「日清紡に来たから私たちも出会えたのよ」。貴子の言葉に、友人も「それもそうね」とうなずいた。

 昭和44年、秋田県河辺町(現秋田市)から静岡県の工場へ就職した。8人きょうだいの末っ子だった。かつて「金の卵」と重宝された中卒者の集団就職も徐々に減り、多くが高校へ進学していた。就職することを中学に伝えると驚いた校長に呼び出され、友人は「うそでしょ」と絶句した。

 それまでは進学するつもりだった。親に何か言われたわけでもない。ただ、「行きたい高校もないのに、お金をかけるのは無駄だ」と思ったのだ。中学2年で母を亡くし、面倒を見てくれた兄夫婦への遠慮もあった。父も驚いていたが、「人を困らせたり泣かせるようなことはするな」とだけ言って送り出してくれた。

 就職することに迷いはなかったが、同級生と3人で列車に乗り込むと、故郷を離れる寂しさがこみ上げてきた。列車内での数時間、3人で泣き続けた。

初任給で菓子

 工場での日々はあわただしかった。

 午前4時20分に起床し、5時から仕事が始まる。貴子が担当したのは「粗紡(そぼう)」と呼ばれる作業。原料の綿を糸状によりあげる機械の動きに目を配り、糸車を交換する。朝食をはさみ、作業は午後1時まで続いた。

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