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【話の肖像画プレミアム】藤城清治(91)=影絵作家=「暮らしの手帖」連載のきっかけは、停電

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【話の肖像画プレミアム】
藤城清治(91)=影絵作家=「暮らしの手帖」連載のきっかけは、停電

藤城清治さん(川口良介撮影)

 〈20歳で海軍予備学生となり、滋賀海軍航空隊に入隊。その後、九十九里浜に赴任した〉

 当時、米軍は九十九里浜から上陸してくるともいわれていて、僕は少年兵を100人くらい連れて、火炎瓶を投げる訓練をしていました。赴任前に休暇をもらえたので、自宅から人形劇の道具を持っていき、訓練の終わった夕方、少年兵と演じていました。少しでも、心が安まると思ったのです。

 若いころのことだから、少年兵にどういう言い方をしたか、正確には覚えていません。多分、「今日一日生きることだって素晴らしいんだ。前向きにやっていこう」というようなことを言ったのだと思います。もちろん、明日も分からぬ状態でした。それでも、少年兵に受け入れられたから、みんな、やけっぱちにならずに済んだのではないかと思います。

 その後、終戦になって、人形は砂浜に埋めてきちゃったんです。惜しいことをしたと、今になって思うんだけれども。僕はおっとりしている方だけれど、国のために命をささげようと思っていた。虚脱状態だったのだと思います。

 〈自身の名を知らしめた「影絵」を本格的に手掛けるようになったのは、戦後になってからだった〉

 終戦になって大学に戻りましたが、戦後すぐは、絵の具も人形劇の道具も、なかなか手に入らない。何もない中で、やり始めたのが影絵や影絵劇でした。影絵ならば、光さえあればできる。ろうそく一本、裸電球一個あればできる。光は自然のものなので、照りつけるような美しさや、立体感も出せる。それを意識していたわけではないけれども、焼け野原だったからこそ、僕は影絵を始めることができたのです。

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