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【戦後70年~東京裁判とGHQ(1)】火葬場から盗み出された7人の遺灰は… 広田弘毅は無理な罪状にも「自ら計らわず」

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【戦後70年~東京裁判とGHQ(1)】
火葬場から盗み出された7人の遺灰は… 広田弘毅は無理な罪状にも「自ら計らわず」

東京裁判の法廷として使用され、現在は市ヶ谷記念館として移設、復元された大講堂。 昭和21年5月3日、東京裁判初日の写真を、現在の写真に重ね合わせた。(被告席左から3人目が広田弘毅、5人目が東條英機)=東京・市谷(松本健吾撮影)

 「東京裁判はGHQの占領政策の一環であり、裁判に値しない。だが、心ある日本人がGHQに屈しなかったからこそ7人の遺灰が今に至るまで大切にされた。ありがたいことです」

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 興亜観音をめぐってはこんな不思議な話もある。

 26年5月、1人の米将校が興亜観音を訪れた。7人の死刑執行の責任者だった米軍中将、ウォルトン・ウォーカーの副官だった。

 ウォーカーは朝鮮戦争の米軍司令官として朝鮮半島に派遣されたが、自らジープを運転中に同僚に追突され、崖から転落死した。

 事故があったのは、25年12月23日未明。7人の命日だった。「7人の呪いではないか」。韓国人将校にこう言われた副官は興亜観音に7人の遺灰があることをどこからか聞きつけ、悪霊払いに訪れたのだった。

 住職の伊丹忍礼は「怨親平等が松井大将のお心です」と言い、ウォーカーの慰霊碑を菩薩像のそばに建立し、法要を営んだ。

(敬称略)

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