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【満州文化物語(12)】妊婦ら在留邦人270人はなぜ助かったのか? 「奇跡の脱出行」…関東軍部隊の決断と伝統

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【満州文化物語(12)】
妊婦ら在留邦人270人はなぜ助かったのか? 「奇跡の脱出行」…関東軍部隊の決断と伝統

第一大隊長の下道重幸大尉(「下道部隊戦友会誌」から) 第一大隊長の下道重幸大尉(「下道部隊戦友会誌」から)

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 駐蒙軍(日本軍)司令部や日本と関係が深い蒙古連合自治政府があった張家口(ちょうかこう)。そこへ集結していた約4万人の居留民(在留邦人)を救うために、駐蒙軍司令官の根本博中将(昭和41年、74歳で死去)がソ連軍(当時)の武装解除要求をはねつけ、昭和20年8月15日以降も戦い続けた話はよく知られている。

 居留民は、根本らの懸命の抗戦を「盾」に、まだ友軍(北支軍)がいた北京方面へ脱出する。避難者の中には民俗学者の梅棹(うめさお)忠夫(平成22年、90歳で死去)や少年だった画家、作家の池田満寿夫(ますお)(同9年、63歳で死去)らがいた。

 8月9日に満州へ侵攻したソ連軍は、居留民に対して非道な行為を繰り返し、軍人や警察官、官吏らは後に悉(ことごと)くシベリアへ送られ、抑留されてしまう。もし、根本が正直に武装解除要求に従い、停戦に応じていれば、同様の悲劇が待っていたかもしれない。

 今回書くのは、その話ではない。駐蒙軍の隣、満州国熱河(ねっか)省・興●(=隆の生の上に一)(こうりゅう)にあった関東軍第108師団歩兵第240連隊(通称・満州881部隊)第1大隊(下道(げどう)部隊)による「奇跡の脱出」行のことだ。

 「居留民を置き去りにしてさっさと後退した」と非難を浴びた関東軍にも勇猛果敢に戦い、民間人の救出に死力を尽くした部隊は少なからずあった。

 20年8月31日、ソ連軍と中国共産党軍(八路軍)に挟まれ、豪雨のために孤立していた下道部隊は窮余の策で北京へと向かう。この決断が居留民約270人の命を救うことになる。

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