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【世界記憶遺産】中国版「アンネの日記」こそが南京大虐殺がなかった証拠だ! 藤岡信勝(拓殖大客員教授)

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【世界記憶遺産】
中国版「アンネの日記」こそが南京大虐殺がなかった証拠だ! 藤岡信勝(拓殖大客員教授)

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 かくて「程瑞芳自身が見た被害」をまとめると、強姦8件、略奪6件、拉致1件、殴打1件、となる。東京裁判に提出した供述書の被害よりも強姦件数が減っていることに注目していただきたい。

 仮に、強姦8件以下の被害が確かに程瑞芳の目撃した被害だとしても、つまり、彼女がこの点で嘘を書いていないと仮定しても、この資料の結論は全く奇妙なことになる。ここには殺人の記録が皆無だからである。前記・松岡氏の言う通り、これが、「中国人が、南京大虐殺をその当時、その場で記録した文章」だとすれば、この資料からは「『南京大虐殺』では殺人はなかった」という結論になる。これは矛盾した、無意味な命題であるから、結局は「南京大虐殺はなかった」という命題に書きかえられる。

 驚くべきことに、中国が最も重視して、腕によりをかけて提出した第一級の資料が、何と、「南京大虐殺はなかった」という主張を裏付ける資料に反転してしまったのである。

多数の非行は敗残中国兵の所業

 それだけではない。これらの不法行為はそもそも日本人がやったのかどうかに疑問がある。というのは、1938年1月4日付けのニューヨークタイムスに次のような記事が掲載されているからである。

「中国軍の大佐と6人の将校が金陵女子大学に隠れ、略奪したり、少女を強姦して日本兵がやったように見せかけていた。大佐は宣教師によって、難民収容所を管理する2番目の地位に就けられていた」

 程瑞芳が、この捏造とスリカエを知りながら、日本人になすりつけている可能性も否定できない。南京の日本軍は、掃討や警備などのため宿営所を出る時は、中隊、小隊、分隊といった単位ごとに同一の行動をとった。夜間外出は禁止されていた。脱走すれば厳罰に処せられる。

 さらに重要なことは、南京陥落直後から市内は全面停電となり、クリスマスころまで復旧しなかったことである。禁を犯して外出し、地理も分からない真っ暗闇の敵国の首都を、敵の敗残兵が武器をもって身を潜めているなか、女性をとらえて強姦するという行為に及んだ日本兵は何人いただろうか。殆ど考えられない。ところが、「南京安全地帯の記録」では、強姦事件の半数は夜間に起こっているのである。これは敗残中国兵の仕業であることが明白だ。

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