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【三島由紀夫没後45年(下)】三島に斬られ瀕死の元自衛官「潮吹くように血が噴き出した」

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【三島由紀夫没後45年(下)】
三島に斬られ瀕死の元自衛官「潮吹くように血が噴き出した」

三島由紀夫らと格闘の末、重傷を負った元自衛官の寺尾克美さん。刀傷が残るドアの前で当時の様子を語った=11日、東京都新宿区の防衛省・市ケ谷記念館(寺河内美奈撮影)

 佐藤も三島らの決起に影響を受けた一人だ。慶大法学部を卒業し、商社に勤務していた佐藤は当時24歳。就職して2年目だった。

 事件当日は激務が原因で肺炎にかかり入院していた。「頭をガーンと殴られたような衝撃を受けた。それまで『おもちゃの兵隊』と揶揄されていた楯の会を冷めた目で見ていたが、三島さんらに武士道と男の生きざまを見て、オレも何かせねばと目覚めた。檄文も全くその通りだと思った」

 その後、商社を辞め翌春、2等陸士として自衛隊に入隊する。三島らの決起に触発され、国防に燃えて入隊してきた若者は何人もいたという。最初の配属先は、滝ケ原駐屯地だった。何かの縁を感じた。

 「先輩方から40歳を過ぎている三島さんが、最後尾であえぎながら走っていたと聞き、あの高名な作家がみじめな姿をあえてさらして、と感銘を受けた」

 昭和47年4月、幹部候補生学校に入校し、同年9月に会計担当として北海道南恵庭駐屯地に赴任。北部方面会計隊長となっていた寺尾に出会う。「ここでも三島さんの縁を感じました」

 30代でイラン・イラク戦争が勃発。緊張感を求めて邦人保護にあたる警備官に志願し、アラブ首長国連邦へ。「国を支える喜びを実感できた」。1佐で定年退職するまで三島を批判する隊員には出会わなかった。

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