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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】独立不羈の男・河合栄治郎(7)沖縄返還前のころ

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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】
独立不羈の男・河合栄治郎(7)沖縄返還前のころ

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 (毎週土日に掲載します)

 門下の第2世代が台頭

 世は激動の時代を迎えていた。日米両政府は1969(昭和44)年11月、3年後の沖縄返還に合意する「佐藤・ニクソン共同声明」を発表した。それを受けて河合門下の社会思想研究会(社思研)は70年9月に、沖縄研究合宿を企画した。

 返還前の沖縄行きには、パスポート、査証を用意するために身元引受人欄を埋める必要があった。幸い現地の那覇には、社思研の理事で、時事通信那覇支局長の田久保忠衛(のち杏林大学教授)がいた。各種の書類をそろえたうえ、東京・晴海から海路を那覇に向かった。外洋にでると大シケにもまれ、48時間後、那覇港に接岸するころには胃は空になっていた。

 港には、日焼けして精悍な顔の田久保と夫人が出迎えてくれた。現地集合した顔ぶれの中に、事務局長の佐藤寛行、帝塚山大学教授の伊原吉之助、早稲田の大学院生だった高池勝彦(のち弁護士)のほか、東西の大学生7人ほどが含まれていた。

 研修の中核は、米軍基地に働く従業員の組合、全沖縄軍労働組合(全軍労)との討論会だった。沖縄返還が決まるとまもなく、米軍は従業員解雇を発表していたからである。

 ところが、全軍労は人員整理に反発して「48時間スト」に突入してしまって、討論会どころではない。現地に「基地に反対しながら解雇撤回の要求とは筋が通らない」との声が出た。米軍基地に依存する沖縄社会の矛盾を浮き彫りにしていた。

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