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【満州文化物語(9)】花柄ワンピースが舞ったのも束の間、敗戦で「左傾化」した日本人社会で…

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【満州文化物語(9)】
花柄ワンピースが舞ったのも束の間、敗戦で「左傾化」した日本人社会で…

「新しい世界を見たかった」と大連に残った羽田澄子 「新しい世界を見たかった」と大連に残った羽田澄子

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アメリカ土産の服と靴

 大連で終戦を迎えた映画監督の羽田(はねだ)澄子(89)が最初にやったのは、アメリカ在住の叔母からプレゼントされた花柄模様のワンピースをタンスから取り出すことだった。満鉄ニューヨーク事務所に勤めていた叔父と帰国した際に、スエードの靴と一緒にもらったものだが、戦時下では、さすがに着る機会がない。

 「それまではモンペばかりはいてましたから。『やっと戦争が終わったんだ』とうれしくなって、ワンピース姿のまま、近所をひとり歩き回ったんですよ。後で聞くと、同じことをした友達がいたみたい」

 羽田は旅順高女(関東州)から東京の自由学園へ進み、終戦前の昭和20(1945)年春、実家がある大連へ戻った。東大生だった作家の清岡卓行(きよおかたかゆき)の帰郷と同じころである。内地(日本)では空襲が激しくなるばかりで、下関から朝鮮(当時)の釜山へ向かう連絡船も羽田が乗るひとつ前の船は沈められていた。

 ところが、苦労をしてたどり着いた大連にまだ“戦争の影”はない。羽田はハルビンや新京(現中国・長春)の親類宅へ遊びにゆく。父親は大連実業の校長。羽田も5月から大連の満鉄中央試験所に勤め始める。ソ連(当時)軍が大連へ来たのはそれから約3カ月後のことだ。

新しい世界を見たい

 羽田がワンピース姿ではしゃいだのもつかの間、「日本人の街」だった大連の社会は敗戦で一変する。ソ連の軍政下、中国の共産党・国民党が激しい主導権争いを繰り広げ、朝鮮人などがそれに続く。日本人は最底辺に落とされた。

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