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【満州文化物語(8)】芥川賞作家・清岡卓行と、自死した後輩 戦争で失われた「故郷」への“強い想い”とは… 

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【満州文化物語(8)】
芥川賞作家・清岡卓行と、自死した後輩 戦争で失われた「故郷」への“強い想い”とは… 

芥川賞作家で詩人の清岡卓行 芥川賞作家で詩人の清岡卓行

 理科の学生だったノーベル物理学賞受賞者、小柴昌俊(89)は東京・上井草(かみいぐさ)球場の応援スタンドにいたという。鮮明な記憶が残っているのは、戦後再開された初の一高―三高(京都)の野球戦と友人の自殺が重なり合ったからである。

 一方で清岡は、かわいがった後輩の死を知るすべもなかった。大連からの日本人引き揚げが始まるのはこの年(昭和21年)12月からだ。清岡は終戦を挟んで当地で結婚。大連に残りたがった母親らに引きずられるように昭和23年夏まで大連に残ることになる。

 戦後、大連会の会長を務めた園田信行=そのだ・のぶゆき=(88)は終戦後の大連の街で清岡と偶然知り合っている。

 「(大連の中心地に近い)西広場に毎日散歩にくる男(清岡)がいて、映画や文学の話をするようになった。(年下の)僕が弟子入りした形かな。清岡さんが東大仏文科の学生とは知らなかったけどね」

 引き揚げ後、婦人誌の編集部に入った園田は、清岡が芥川賞を受賞したとき、この大連時代ので清岡の独占インタビューに成功している。「清岡さんはマスコミ嫌いでね。僕が塀を乗り越えて家へ入っていったら、清岡さんは『なんだお前か』とイヤな顔をしながらインタビューに応じてくれましたよ」。園田は受賞前に亡くなった清岡の愛妻との純愛秘話を書く。大連時代、夫妻の結婚式に立ち会った園田ならでは記事であった。

 敗戦後、大連の日本人の立場は激変した。進駐してきたソ連(当時)軍の統治下、中国の国民党・共産党の主導権争いが続き、日本人は「被支配民族」の地位に落とされてしまう。食料も家も満足になく、軍人、警察、官吏らはシベリアへ抑留され、ソ連兵による暴力、強奪、レイプの恐怖に脅(おび)える毎日が続く。

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