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【満州文化物語(8)】芥川賞作家・清岡卓行と、自死した後輩 戦争で失われた「故郷」への“強い想い”とは… 

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【満州文化物語(8)】
芥川賞作家・清岡卓行と、自死した後輩 戦争で失われた「故郷」への“強い想い”とは… 

芥川賞作家で詩人の清岡卓行 芥川賞作家で詩人の清岡卓行

 原口は終戦直前になってひとり東京へ戻る。そして、敗戦を経た昭和21年秋、原口は制服のポケットに石を詰め込み、逗子の海岸で入水自殺してしまう。まだ、19歳だった。

 原口の遺稿『二十歳のエチュード』にこんなくだりがある。

 《故郷はない。それなのに、僕は己の故郷以外の土地には住めない人間なのだ》

 故郷の先輩であり、同じフランス文学を志す徒として、原口と強い絆(きずな)で結ばれていた清岡は後に『海の瞳〈原口統三を求めて〉』でこう書いた。

 《原口統三の場合、〈風土のふるさと(※大連)〉は、敗戦によって完全に失われ、しかも、祖国(※日本)の風土にはまだなじむことができていなかった。〈言語のふるさと(※日本語という精神)〉だけが、自分と密接な関係にあった》。つまり、(租借地という)危うくて矛盾に満ちた土台の上に愛すべき故郷は存在していたのだ、と。

 だが、これは戦後の後付けの匂いがしないでもない。「満州は日本が中国から奪い取ったのだ」などという人がいるが、戦前・戦中の大連の日本人にそんな意識は毛頭なかっただろう。少なくとも中国人の大多数を占める漢民族にとって満州は、異民族(清をつくった女真族など)の住む土地でしかなかった。

 大連も、不凍港を欲しがるロシアが19世紀末に目を付けるまでは「青泥窪(チンニーワ)」と呼ばれた寒村に過ぎず、日露戦争に勝った日本がそれを引き継いで本格的な都市作りをした「日本人の街」であったからだ。中国人(漢民族)は主として山東省などから後からなだれ込んできたのである。

敗戦後も残った清岡

 原口の自殺は、今から69年前、昭和21年10月25日深夜から26日未明にかけてのことである。一高生の畏敬を集めた“早熟の天才”の自死は同級生にも衝撃を与えた。

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