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【満州文化物語(6)】“反日プロパガンダ”に使われる「平頂山事件」の真実 語られぬ抗日ゲリラの撫順炭鉱襲撃

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【満州文化物語(6)】
“反日プロパガンダ”に使われる「平頂山事件」の真実 語られぬ抗日ゲリラの撫順炭鉱襲撃

日本統治時代の撫順炭鉱 日本統治時代の撫順炭鉱

汚名だけ着せられて

 この近代的な炭都が抗日ゲリラの「標的」となった。今から83年前の昭和7(1932)年9月15日夜から16日未明にかけて未曾有(みぞう)の大事件が起きた。その6カ月前に建国された満州国を日本国が承認した日に合わせて「反満抗日」を叫ぶゲリラ、匪賊らの大軍が撫順炭鉱を襲撃、施設に火を放ち、日本人5人が惨殺された。いわゆる「楊柏堡(ヤンパイプ)事件」である。

 殺されたのは同炭鉱楊柏堡採炭所長ら炭鉱職員4人と家族の女性1人の民間人ばかり。炭鉱施設や社宅街も大きな被害を受け、一部採炭所は操業停止に追い込まれた。

 撫順を守る関東軍の独立守備隊は翌16日、反撃に出る。抗日ゲリラに通じていた、とされる平頂山集落の住民らを殺害した。これがいまなお“反日プロパガンダ”に使われ続ける「平頂山事件」である。

 戦後、平頂山事件を“悪名高い事件”として一般の日本人に知らしめたのは1970年代初めに朝日新聞の本多勝一記者が書いたルポであろう。中国は現場に記念館を作って日本軍の“残虐ぶり”を訴え、生き残りである住民は、日本政府を相手取った賠償請求訴訟を起こした。

 だが、虚実取り混ぜて仰々しく喧伝(けんでん)されてきた平頂山事件に比べて、きっかけになった抗日ゲリラ部隊による撫順炭鉱襲撃、日本人殺害事件(楊柏堡事件)についてはほとんど語られたことがない。

 これでは公平さを著しく欠くだけでなく、平頂山事件の全容をつかむこともできない。特に先に襲撃を受けた「楊柏堡事件」の被害者や家族にとっては平頂山事件の汚名だけを着せられたまま釈明の機会さえ満足に与えられなかった。

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