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【郷土偉人伝】林子平 黒船以前から「海防」を説いた仙台藩の先覚者

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【郷土偉人伝】
林子平 黒船以前から「海防」を説いた仙台藩の先覚者

「林子平画像(部分) 仙台市博物館蔵」

 子平の没後、異国船が相次いで渡来し、開国と通商を求めるなど子平の考えが現実のものとなり、その正しさが証明されることになった。子平は、蒲生君平、高山彦九郎とともに「寛政の三奇人」と呼ばれる。

 子平は龍雲院に葬られたが、罪人のため、墓を建てることが許されなかった。死後48年たった天保12(1841)年に幕府から赦免され、翌年、おいの林珍平が墓を建立した。

 龍雲院では毎年7月20日に子平を供養する「林子平祭」が開催されている。もとは子平の命日の6月21日に実施してきたが、その後、海防の必要性を唱えたことなどから、「海の記念日」や「海の日」の7月20日に開催。海の日が7月の第3月曜日に変わっても7月20日で通し、海上戦死・病没・遭難者なども供養。墓の隣にある六角堂内の子平の木像を開帳する。門前には屋台が出店し、演芸奉納もある。

 龍雲院の近くには「子平堂」という和菓子店があり、「子平まんじゅう」が看板商品となっている。昭和12年創業の老舗で、町名が子平町に変更となる30年前から、「子平」の名を冠してきた。

 「龍雲院の当時の住職と先代の店主が懇意にしており、『地元に名物をつくってほしい』と、住職から子平先生の名をいただいたということです」。こう説明するのは、子平堂の店主、村上瀧雄(たきお)さん(77)だ。

 村上さんは祭りを運営する林子平先生祭典委員も務めている。かつて祭りといえば、地元の子供の楽しみだった。少子化の時代となり、祭りに来る子供も少なくなってきたが、「祭りを通して地元にゆかりの林子平先生に関心を持ってほしい」と村上さんは話す。

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