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【番頭の時代】第4部・永田町のキーマン(3) 「後藤田五訓」官僚の省益戒め 後藤田正晴元官房長官

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【番頭の時代】
第4部・永田町のキーマン(3) 「後藤田五訓」官僚の省益戒め 後藤田正晴元官房長官

 当時、官房長官秘書官として警察庁から出向していた平沢勝栄=現衆院議員=は「決断力のある人がトップダウンでやらないとどうにもならなかった。役人は後になって『なんで自衛隊を出したんだ』と批判されるのが一番困る。役人に任せていたら全然動かなかった」と語る。

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 後藤田は57年11月27日に発足した中曽根康弘内閣で官房長官に起用され、いったん行政管理庁長官(後の総務庁長官)に転じた後、再び官房長官に就任した。

 後藤田が官邸不在の間、官房長官を務めたのが藤波孝生だ。豊富な情報力と人脈で官僚を震え上がらせる後藤田に対し、人の善意を信じ、「車座の政治」をモットーとして徹底的に話を聞く藤波。異なるタイプの2人は首相との距離感でも対照的だった。

 後藤田は田中角栄率いる最大派閥の出身で、中曽根派に属した藤波のように「黒子役」に徹する性格ではなかった。

 62年9月、イラン・イラク戦争で敷設されたペルシャ湾の機雷を除去するため自衛隊の掃海艇を派遣したい意向を示した中曽根に対し、後藤田は辞職の意向をちらつかせて反対した。藤波と後藤田双方に仕えた平沢は「藤波さんであれば中曽根さんの意向を実現させただろう」と振り返る。

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