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【満州文化物語(5)】ジェームス三木、「エリート一族」の無念 「皆を連れてきて申し訳ない」と祖父が涙ながらに…

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【満州文化物語(5)】
ジェームス三木、「エリート一族」の無念 「皆を連れてきて申し訳ない」と祖父が涙ながらに…

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教師一家に生まれて

 脚本家のジェームス三木(80)は昭和10(1935)年、奉天(現中国・瀋陽)の満州医科大学付属病院で生まれている。満州医大は満鉄がつくった医学堂が前身。祖父の藤次郎(とうじろう=母方)、父、大生(ひろお)、母、しのぶも教師だった。

 鹿児島出身の藤次郎が奉天に渡ったのは大正時代。日本統治時代の朝鮮の中学(旧制)を経て、奉天一中(同)の国漢の教師となった。内地の師範学校を出た両親もやがて、「同じルート」をたどる。当時、教師が満州へ渡るのは競争率が高く、皆優秀であった。

 奉天周辺に集う一族の総勢は30人以上。叔父(藤次郎の息子)3人は満州医大を出て関東軍軍医などに。朝鮮の京城帝大を出て教師になった叔父や旧制高校(旅順高校)生の叔父もいた。叔母たちは地元の高等女学校の出身。「エリート一族」といっていい。

 「祖父の家は奉天の中心部にあってね。洋館の大邸宅で玄関にはポーチがあった。応接間にはピアノが置いてあり、庭ではチャックという名前の子犬が遊んでいた。祖父は事業を手広くやっていて、私たち一家は祖父所有のアパートに住んでいたんです」

 葵国民学校(小学校)に通う三木少年は月に1、2度連れていってもらう奉天ヤマトホテルでの食事が何よりも楽しみだった。「西洋料理でもロシア風だったかな。あるとき、おなかがいっぱいになって最後のデザートのスイカがどうしても食べられない。それが悔しくってね、いまだに思い出しますよ」

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