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【焦土からのプレーボール 濃人渉物語(5)】 放棄試合…2軍監督へ降格 帰郷、古葉カープ見守る

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【焦土からのプレーボール 濃人渉物語(5)】
 放棄試合…2軍監督へ降格 帰郷、古葉カープ見守る

広島のオープン戦で解説する濃人渉(中央)。右は元祖カープ女子として知られる広島ファンの女優、松岡きっこ=1982年3月「広島テレビの50年」より

 1970年に念願のリーグ優勝を遂げたロッテの濃人渉(のうにん・わたる)監督だが、日本シリーズは巨人に1勝4敗で退けられた。「来年(次は)巨人を倒したい」との強い思いを抱いたが、それはかなわなかった。

 翌71年7月、オーナーの中村長芳は濃人と2軍監督・大沢啓二の入れ替えを発表した。首位阪急に8ゲーム差とはいえ2位。異例の人事だった。

 伏線は同13日の阪急戦(西宮)にあった。前年に中日から移籍した濃人の教え子、江藤慎一がハーフスイングを三振に取られてロッテは猛抗議。試合再開に応じず、史上6度目の放棄試合(0-9で敗戦)となった。

 「あの温厚な濃人さんが…」。後のパ・リーグ審判部長、前川芳男は事件を聞いて驚いたが、放棄試合は現場にいた中村の独断に近く、すでに濃人の意志が反映される状態になかった。

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 濃人はスカウト部長を最後にロッテを退き、広島へ帰郷。地元・広島テレビの専属解説者となり、まな弟子の古葉竹識が率いる広島の戦いぶりを見守った。

 79年10月6日、勝てば初めて本拠地・広島市民球場で優勝が決まる阪神戦。広島が意表を突くスクイズで勝ち越すと、濃人は放送で思わず「ナイス、古葉!」と口走る。

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