産経ニュース

【家族 第4部「拉致」に裂かれて(3)】夢見る帰国「『これがお前の子だよ』と渡したい」 一人前の息子は「プレゼント」 

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【家族 第4部「拉致」に裂かれて(3)】
夢見る帰国「『これがお前の子だよ』と渡したい」 一人前の息子は「プレゼント」 

平成16年2月に田口八重子さんの長男であることを公表した飯塚耕一郎さん(右)を心配そうに見つめる繁雄さん(大西正純撮影)

 「そんなの無理、無理。行っちゃだめだよ」。平成14年9月、飯塚栄子(71)は電話で頑強に反対し続けていた。相手は次男の耕一郎(38)。出張先の英国から栄子に電話し、「おれが北朝鮮に行って、連れて帰ってくるよ」と告げたからだ。

 同月17日に日朝首脳会談が開かれ、耕一郎の実母、田口八重子(59)=拉致当時(22)=について「死亡した」という説明があった。

 「やっぱり、お母さんに会いたいんだ」。栄子と耕一郎が改まって八重子のことを話すことはほとんどなかったが、栄子は耕一郎の八重子への思いをひしひしと感じた。栄子の反対もあり、北朝鮮行きを断念したが、日朝首脳会談で突然告げられた「死亡」宣告が、耕一郎を突き動かしていたのだ。

 日朝首脳会談まで救出活動に参加していなかった飯塚家では、最初に八重子の兄で栄子の夫、繁雄(77)が名乗りを上げ、被害者の家族会に入った。その後を追うように、耕一郎も16年2月に八重子の息子であることを明かし、活動に取り組み始めた。

 耕一郎の救出活動への参加には繁雄が反対した。だが、耕一郎の覚悟を知っていた栄子はこう言って、次男の背中を押した。「一緒に活動すればいいよ」

大きくなる思い

 耕一郎が救出活動に参加するようになって11年。繁雄は6月に77歳になった。現在も家族会の代表として講演や署名活動のため全国各地を飛び回るが、「7、8年前とは違って疲れが顔に出るようになった」と栄子は言う。一昨年と昨年、繁雄のきょうだいが相次いで亡くなった。救出に残された時間の重みは年々増している。

このニュースの写真

  • 夢見る帰国「『これがお前の子だよ』と渡したい」 一人前の息子は「プレゼント」 

「ニュース」のランキング