産経ニュース

【戦後70年~沖縄(3)】祖国復帰(上)五輪聖火に日の丸が揺れた 「僕は日本人なんだ…」

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【戦後70年~沖縄(3)】
祖国復帰(上)五輪聖火に日の丸が揺れた 「僕は日本人なんだ…」

「ひめゆりの塔」前に到着した東京五輪の聖火。ひめゆり部隊の関係者や学生らが、日の丸を振って出迎えた=昭和39年9月8日、沖縄県糸満市

 日本の復興を世界に示した昭和39年の東京五輪。ギリシャ・アテネを出発した聖火は開幕1カ月前の9月7日正午、日本航空の特別機で米国統治下の沖縄・那覇飛行場に到着した。

 雲一つない青空の下、島民2万人が詰めかけ、日の丸の小旗を振った。祝日以外は公の場での日の丸掲揚は禁止されていたが、この日ばかりは黙認された。

 米空軍軍楽隊がファンファーレを奏でる中、第1走者の琉球大4年、宮城勇(73)=沖縄県浦添市=は壇上で聖火のともったトーチを高らかに掲げた。純白のユニホームには日の丸と五輪。拍手が続いた後、予期せぬことが起きた。

 「万歳!万歳!万歳!」

 万歳の大合唱は地鳴りのように響いた。群衆と報道陣をかき分けるように飛行場を飛び出すと、沿道にも延々と日の丸の人垣が続いていた。宮城の胸に熱いものがこみ上げた。

 「僕は日本人なんだ…」

 聖火は5日間かけて沖縄本島1周(247キロ)を駆け抜けた。行く先々で日の丸が振られた。宮城は当時をこう振り返る。

 「後にも先にも、あれだけの熱気、あれだけの日の丸を目にしたことはありません。飛行場や沿道の人々は『日本』を強く意識し、本土への思いをますます募らせたのでしょう。もちろん私も同じ思いでした。終戦から19年を経た沖縄の人にとって、聖火は将来を照らす道標だったのです」

このニュースの写真

  • 祖国復帰(上)五輪聖火に日の丸が揺れた 「僕は日本人なんだ…」
  • 祖国復帰(上)五輪聖火に日の丸が揺れた 「僕は日本人なんだ…」

「ニュース」のランキング