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【さらば愛しき人よ】谷桃子さん、日本バレエ界の草分け 『白鳥の湖』『ジゼル』に人生を託し「もう一生ほしいな」…

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【さらば愛しき人よ】
谷桃子さん、日本バレエ界の草分け 『白鳥の湖』『ジゼル』に人生を託し「もう一生ほしいな」…

谷桃子さん

 1922年、1歳の谷さんは母に抱かれてアンナ・パヴロワの来日公演「瀕死(ひんし)の白鳥」を見たという。2009年1月、読売新聞のインタビューで《白鳥が死んじゃうって、騒いだそうです。それから家では蓄音機をかけ、ぞうきんを頭に載せて爪先立ちで踊り回ったとか》と回想している。

 9歳でモダンダンスの石井漠の弟子となった。踊りを習うなら当時は日本舞踊が一般的だろうが、父は外国の商社に勤め、母は父以上にモダンな発想のできる女性だった。文化学院を卒業後、43年に日劇ダンシングチームに入る。終戦直後、大陸でバレエを学んだ小牧正英が中心となって結成された東京バレエ団による「白鳥の湖」の日本初の全幕上演を見てバレエへの転身を決意、小牧の門下生となる。そして東京バレエ団第2回公演の「パガニーニの幻想」でソリストに抜擢(ばってき)され、一躍脚光を浴びる。46年冬のことだ。その直後、小牧と結婚するものの、わずか半年で破局を迎え、48年に谷桃子バレエ団の前身である東京バレエ研究所を旗揚げする。最初の稽古場はボクシング・クラブだった。95年に出版された「谷桃子バレエ団の40年」にはこんな記述がある。《ロープがバー代わりだなんてことも何の疑問ももたなかったですよ。稽古着もレオタードなんてなくて、みんな自分で縫っていました(小野正子)》

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