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【安保改定の真実(8)完】岸信介の退陣 佐藤栄作との兄弟酒「ここで二人で死のう」 吉田茂と密かに決めた人事とは… 

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【安保改定の真実(8)完】
岸信介の退陣 佐藤栄作との兄弟酒「ここで二人で死のう」 吉田茂と密かに決めた人事とは… 

国会議事堂周辺を取り囲む学生ら=昭和35年6月15日、国会議事堂前(本社機から)

 では自民党で誰を後継指名するのか。岸は神奈川・箱根温泉の「湯の花ホテル」を訪ねた。ホテルを所有するのは、西武グループ創業者で元衆院議長の堤康次郎。岸に遅れて到着したのは、第45、48~51代首相を務めた吉田茂だった。

 岸は首相在任中、堤の仲介で月に1度の割合で吉田との密会を続けてきた。通算2616日もの長期政権を敷いた吉田は、有能な官僚を次々に政界に入れ「吉田学校」と呼ばれる一大勢力を築いていたからだ。

 岸と吉田が後継候補で一致すれば、自民党内の帰趨は決する。堤は、吉田学校のエースである佐藤を推したが、吉田は渋い表情を崩さなかった。

 「姓は違っていても岸さんと佐藤君が兄弟であることは、国民もよく知っているよ…」

 岸は、吉田が誰を推しているのかピンときたが、あえて「それではどなたがよいでしょうか」と問うた。

 「まあ、ここは池田君にした方がよいだろ」

 岸もうなずいた。第58代首相に池田勇人が決まった瞬間だった。

× × ×   

 昭和30(1955)年の保守合同後、自民党には「8個師団」といわれる派閥が存在したが、それよりも深刻なのは「官僚派」と「党人派」の対立だった。

 岸や吉田は官僚派であり、党人派の代表格が副総裁の大野や、農相などを歴任した河野一郎だった。

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