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【安保改定の真実(7)】先鋭化する社会党「米帝は日中の敵!」 5・19強行採決で事態一転…牧歌的デモじわり過激化 そして犠牲者が

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【安保改定の真実(7)】
先鋭化する社会党「米帝は日中の敵!」 5・19強行採決で事態一転…牧歌的デモじわり過激化 そして犠牲者が

参加者たちが両手をつなぎ路上を埋め尽くすフレンチデモ。女性たちはおしゃれに着飾りまるでお祭りのようだった=昭和35年5月 有楽町・日劇前

 「デモ隊がNHKを占拠して革命的放送を流したら大変なことになる。すぐに警視庁と話をしてNHKの防備を固めてくれ」

 岸にこう命じられた植竹はすぐに警視庁とNHKに出向き、対応を協議した。深夜になり再び裏口から官邸に入ると、岸は首相執務室のソファで大いびきをかいていた。植竹が声をかけると、岸はむっくり起き上がり、「NHKの防備の手配は無事終わりました」との報告を聞くと「ご苦労さま」と笑顔でねぎらい、再び横になった。

 外ではまだ「安保反対」「岸辞めろ」の大合唱。それでも爆睡できる岸の豪胆さに植竹は心底驚いた。

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 事態は悪化の一途をたどった。6月10日、アイクの新聞係秘書(現大統領報道官)のジェームズ・ハガチーが、アイク訪日の最終調整のため来日した。

 午後3時35分、米軍機で羽田空港に到着したハガチーは、デモの実態を確かめるべく米海兵隊のヘリコプターではなく米大使館のキャデラックに乗り込んだ。

 だが、首都高が京橋-芝浦間で初開通するのは昭和37(1962)年暮れ。羽田から都心に向かうには多摩川の土手沿いなど一般道しかなかった。ハガチー一行の車は弁天橋手前の地下道出口で全学連反主流派に囲まれ、立ち往生した。

 初めは学生たちもおとなしく、ボディーガードの靴を踏んだ学生は「アイムソーリー」と頭を下げた。だが、一人が車上に登り「ハガチー出てこい」と叫ぶと窓ガラスや車体を叩く者が続出、現場の警察官だけでは排除できなくなった。

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