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【安保改定の真実(7)】先鋭化する社会党「米帝は日中の敵!」 5・19強行採決で事態一転…牧歌的デモじわり過激化 そして犠牲者が

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【安保改定の真実(7)】
先鋭化する社会党「米帝は日中の敵!」 5・19強行採決で事態一転…牧歌的デモじわり過激化 そして犠牲者が

参加者たちが両手をつなぎ路上を埋め尽くすフレンチデモ。女性たちはおしゃれに着飾りまるでお祭りのようだった=昭和35年5月 有楽町・日劇前

 中国の対日工作が奏功したのか、昭和34年3月の浅沼の訪中後、社会党は安保条約改定への批判を強めた。3月28日には総評(日本労働組合総評議会)や原水禁(原水爆禁止日本国民会議)などと安保改定阻止国民会議を結成。統一行動と称する組織的な反対デモを行うようになった。

 ただ、運動は大して盛り上がらなかった。昭和34年の通常国会は大きな混乱もなく、岸内閣は最低賃金法や国民年金法など雇用・社会保障制度の柱となる法律を粛々と成立させている。

 6月2日投開票の第5回参院選(改選127)も安保改定は大きな争点とならず、自民党が71議席を獲得した。社会党は38議席、共産党は1議席だった。

 安保闘争はむしろ社会党内の亀裂を深めた。

 社会党右派の西尾末広ら32人は、社共共闘を目指す左派を批判し、秋の臨時国会召集前日の昭和34年10月25日に離党した。

 秋の臨時国会は、南ベトナムだけを賠償請求権の対象とするベトナム賠償協定に社会党などが反発し「ベトナム国会」となった。11月27日未明の衆院採決を機に社会党議員の誘導で安保反対派の群衆約1万2千人が国会内に乱入、300人以上の負傷者を出す事件が起きた。これが安保闘争の前哨戦といえなくもないが、議会制民主主義を否定する手法に批判が集まり、反対運動は沈静化した。

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